日産の車作りの流れ

日産は一時期、一見して自由風土的開発状況を手にしたかに見えたことがありました。


「Be-1」とか「SlCARGO」といった車を作りだした頃ですね。


しかし、当時の日産の中身をよく眺めてみると、それほどクリエイティブ・・・


創造的な風が吹いていたわけではなかったことに気づきます。


一見して自由闊達で創造的な車作りを推し進めているかのように見えはしましたが・・・


実際には差異の論理に振り回され、トヨタと、当時上昇気流に乗っていたホンダの狭間にはまり込んで、苦し紛れに飛び出した作品がたまたま自由風土的イメージをもたらしただけのことです。


少なくとも私はそうみています。


そして、そんな中身の伴わない自由風土的イメージに自らがのめり込み、商品開発はますます大きく芯の振れたものになっていってしまったのでしょう。


「日産自動車の存在意義」「中古車の存在意義」「日産車の存在意義」をまず問い、然るべき後に、「どんなブルーバードを作るか」ではなく・・・


「ブルーバードが存在する意味と意義」を問うことから開発をスタートさせるといったステップを踏むことが必要なのではないでしょうか。


・・・そうすれば、いわば「錯覚的高性能路線」あるいは「錯覚的個性化路線」とでもいうべき日産の車作りの流れは変わるような気がします。


日産車の場合・・・

日産というメーカーは、とにかく、自分がどんなポジションにいるかということを確実に把握し、その上で何をすべきなのかを考えることです。


そのためには、トップは「日産自動車の存在意義」「日産車の存在意義」といった基本的な点において、誰に向かっても声を大にできる答えをまず引き出すべきです。


・・・そうしないと、焦点の定まらない日産車といった不安定な流れはますます強くなっていってしまいます。


場当たり的な「差異の論理」による商品開発を続ける限り、明るい未来は迎えられません。


ところで、差異の論理を下敷きにした場当たり的車作りですが、これは「数字競争」にも象徴されるように、日本のメーカーすべてに当てはまることです。


そしてその中には「グリコのおまけ」的レベルの付加価値競争も多かったのです。


中古車情報市場や日本市場が成熟していない段階ではグリコのおまけ合戦もそれなりの効果はもたらしました。


・・・しかし、数量的にも飽和状態が近づきつつあり、またバブルの崩壊をきっかけにユーザーの多くが「クルマ飢餓症候群」から抜け出しつつある現在の状況を考えると・・・


今後、こうした薄っぺらい表層的付加価値の効果は加速度的に薄れてゆくことになるはずです。

新しい視点からのクルマづくり

もちろん、合理的で明るく、そして豊かな新しいライフ・スタイルを連れた車の提案もその中に入ります。


「スウォッチ」で名を馳せたスイスのSMH(スイス時計マイクロ・エレクトロニック総連合)とメルセデス・ベンツが、全長2・5mの2人乗りマイクロ・コンパクトカーの生産と販売における提携を発表しましたが(1994年3月)・・・


「スウォッチが提唱するライフ・スタイル重視の価値観」を車にも取り入れたいという、中古車情報の多いメルセデス・ベンツの積極的なアクションを日本のメーカーは果たしてどんな思いで捕らえているのでしょうか。


私に言わせれば、こうしたことこそ日本のやるべきことであり、日本が真っ先にやらなければならなかったことだと思うのです。


今後は、まったく接点のないような異業種間の連携によって、別の視点からものを見つめ・・・


考えられなかったような角度から思考を発展させてゆくことによって、新しい価値を創造してゆくことは欠かせない一手法になるはずです。


そうした観点から考えれば、メルセデス・ベンツがスウォッチと組むならトヨタはウォルト・ディズニーと組む・・・


・・・そんなアイデアがあってもいいでしょう。


ディズニーのカラフルな愛と夢の世界というソフトウェアと、最高の品質を誇るトヨタのハードウェアが結びつく・・・


考えただけでも未来が明るく見えてくるではないでしょうか^^

トヨタの場合・・・

トヨタは中古車情報も多い人気のメーカーなのですから、時代の大きな潮流の見方さえ誤らなければ、例えモーター・ジャーナリストやクルマ好きに退屈だといわれようと、時代に寄り添った、無難で整った顔立ちさえしていればいいでしょう。


・・・つまり、下手に強い個性だの、真の高級感だの、本物のスポーツカーらしさだのといったものを追わない方がいいということです。


ひたすらトヨタ車らしい品質の高さと、整然とした姿と、最大公約数的ユーザーにプラス・アルファの魅力をアピールできるような表現能力をもっていればそれでいいのです。


その範囲内で磨けるところを磨き込んでゆけばいいでしょう。


ただ、少々のリスクは背負っても、世界をリードするメーカーの義務として、環境や安全といった社会的テーマには積極的に先頭に立って取り組む姿勢が絶対に必要です。


・・・今のトヨタにはまだこの姿勢が希薄ですね。


周囲の流れを見回し、他が先にトライするのを待って、その結果を慎重に吟味してからやおら立ち上がります。


トヨタは、世界をリードする企業が何をすべきか、社会にどう貢献してゆくべきなのかを真剣に考えなければなりません。


その義務感と自覚を強くもつことこそ、トヨタの今後の運命を左右するポイントになるように私は考えています。


日本車はどこに舵を向ければいいのか

日本車の向かうべき方向の大きな流れについてはこれまでもいろいろ触れているので、ここでは、代表的なメーカーに照準を向けて、少し具体的な話をしてみましょう。


・・・日本車の地位を造り上げた大きな理由のひとつである価格優位性はすでに後退しました。


品質優位性の圧倒的格差も詰まりつつあります。


・・・となると、どうしても「顔がない」というハンディキャップがクローズアップされてきてしまいます。


しかし、同じように顔がないにしてもトヨタ車の場合に限ってはそれでいいと思います。


強力な販売力をバックにしての万人向き指向・・・


そして、中古車検索サイトなど大衆的価値指向を徹底して追うのがトヨタの哲学だとすれば、デキはいいがあえて輪郭のはっきりしない顔を提供することも理解できます。


そして、そうすることがトヨタにとっても、そして無難な姿と信頼性の高さ、不安のないアフターサービスと手頃な値段だけを求める世界中の多くのノンポリ・ユーザーにとっても、もっともいい選択かもしれないのです。


・・・いえ、たぶん間違いなくそうですね。

輸入車と日本車

欧州メーカーは今後、できるかぎりの低価格路線を敷いてくるでしょう。


明確な顔をもち、伝統の醸し出す香ばしい香りを漂わせ、豊かな個性を身にまとった欧州車は価格がこなれさえすれば、手を伸ばすユーザーはまだまだ増えていきます。


中古車情報の数と一緒ですね。


そして、販売台数の増加につれてアフターサービスの充実、中古車価格の安定といったことを中心としたインフラの整備が順調に進めば(ここに最大の課題があるのですが)・・・


輸入車は多くのユーザーにとっての魅力的な選択肢のひとつになり、より身近な存在になります。


わたしたちユーザーにとってはこうした流れは大いに歓迎すべきですが、日本車にとってはそれだけ厳しい状況になります。


しかし、生産台数の半分を輸出し、アメリカ市場で30%のシェアを占めることによって成長してきた日本自動車産業は、当然こうした流れを真っ向から受けて立たねばなりません。


・・・フェアに戦わなければ自分の首を絞めることになります。

自動車作りの哲学

「シビックは確かにホンダ哲学で作られています。


しかし、そういうギリギリの自動車作りに対して現代人は構えるようになったのではないでしょうか。


気持ちよくゆったりと走りたい、心地よく走りたい、ということをホンダのやり方で受けとめることはできるのではないかと思うんですね。


それは、シビックとアコードがあって、その上下関係のなかではなく三角形に位置する自動車という商品戦略からの答えを出すことにもなるんですね」


・・・"技術は効率の追求につきる"とおっしゃっていました。


「それは変化ないんですよ、考え方は。


エンジンなんて限りなく小さく、それでいて限りなく出力が出ればいいのですから。


しかし、それだけではなくて、人間がどれだけ気持ちよくなるのかも技術的に追求していかなければならないんです。


だからこそ、他社の批判をするわけではないのですがレトロに走ってもいけないし、どこの国のものなのかどこの会社のものなのかがはっきりしない根なし草になってもいけないんです」。


こうした偉大な技術者がいたからこそ、ホンダは世界中で中古車情報が多く、一般大衆に強い人気を誇るメーカーになったのですね。


ストイックな自動車

「スポーツカーのようにみえる4シーターなのですから、リヤ・シートの研究もじっくりとやりました。


シートの厚みを上げないでいかに乗り心地を良くしていくのか。


しかも、リヤ・シートのヘッド・クリアランスをとらなければなりませんから、ルーフの剛性を上げつつ薄くするための努力。


こうした技術には独特なものがあります」


・・・エンジンだけではなかった、ということですね。


「いくつかの大きな理由はあるんですよ。


今までのホンダの自動車は悪く言えばストイックなところがあった、と。


もちろん、その姿勢が評価されて認められてきたのでしょう。


しかし、それだけでいいのでしょうか。


インテリがミーハーするような時代、固い商売をやっているヤツなのに女の話もできるんだなあと、そういう一面も見せられる時代でしょう」。


ホンダのクルマは中古車情報も多く、一般に高い人気を誇っています。


"六本木の大衆車"

ホンダは、ホンダ・フィロソフィでF1もつくり、大衆車・シビックもつくってきています。


・・・しかし、インテグラは趣きがどうしても異なるのです。


中古車の検索サイトなどをよくチェックしている車好きの人からすれば、それを言うならばレジェンドとそのクーぺはどうなのだと指摘されるでしょうが・・・


そこまでを考えるにはまだ時間が必要です。


ホンダが初めてつくった最高級車レジェンドとそのクーペは、もうすこし世の中にまみえなければその存在が浮き出てこないのです。


BMWを"六本木の大衆車"と呼ぶ日が来てしまったことを、高校生がソアラのオーナーになることを、誰がきっぱりと予想できていたのか、ということと同じ質として時間が必要なのです。


インテグラの技術的なトライというのは、まずDOHCを持ち込んだことでしょうね。


前にお聞きしたように、そもそもインテグラ用として開発されたエンジンなのですから。


「他にもたくさんあるんです。


例えばテール・ゲートのガラスを出来る限り大きくした。


ガラス屋さんが泣くほど大きくしたんですね」。

ホンダの考える大衆車

氏はさらに言葉を続けました。


「竿の流さが仕舞い寸法でも1メートル45センチもあるんですよ。


ですから、その竿が収納できるようなトランクとか車内寸法だとかは、ゴルフ・バッグやスーツケースと同じように考慮しますね」


・・・結局、氏はやさしい人ですから、こうしてヨットマンらしく助け船を出してくれたのです。


・・・さて、インタビューの筋をインテグラにしぼらなければなりません。


ホンダの考える大衆車とは、本来シビックでした。


当時から中古車情報も多く、一般に多く出回っていましたね。


アコードもその延長線上の上級クラスとしてしっかりと存在しています。


しかし、インテグラだけは、明らかに異質な生まれ方をしているのです。


それまでのホンダの延長線上にないのです。


・・・いえ、それまでのホンダがつくってきたすべての自動車の延長線上にない大衆車なのです。